1985年にOVAとして公開された、押井守監督の【天使のたまご】は、2025年11月21日に4Kリマスター版で再上映されることになりました。
4Kリマスター版の【天使のたまご】は、従来の映像よりも明るく見やすかったので、暗くて見えなかった彫像や化石、背景などがより分かりやすく観察することができました。
なぜ作中で男たちが魚たちを狩ろうとしていたのか、【天使のたまご】の世界の中で扱われていた魚という存在について考察してみました。
旧約聖書の世界では、人間の行いに頭を悩ませた神様は、長雨を降らせて洪水を起こし人間や動物を滅ぼしてしまいました。
しかし、その世界の中で唯一生き残れる生き物がいるとしたら、水の中に沈んでも生きていけるのは魚だけだったのかもしれません。
また、旧約聖書の中で魚が扱われる話がいくつかあるので紹介できればと思います。
天使のたまごにでてくる魚とは
映画【天使のたまご】の世界は、旧約聖書の物語であるノアの方舟の物語の中で、神様が人類を洪水で滅ぼした話が元になっております。
雨は四十日四十夜降り続いたのち、ノアは水がひいたか確かめるために鳩を放つのですが、しばらくして鳩がオリーブの枝を咥えてきたことで水がひいてきたことを知ります。
しかし、天使のたまごの話の中では、鳩は戻ってこなかったため方舟の生き物は長い間取り残されてしまったようです。
創世記7章22節では、『その鼻に命の息と霊のあるものはことごとく死んだ。』と書いてありますが、エラ呼吸をする魚はこの区分には当てはまらなかったのかもしれません。
街には至る所に魚のモチーフがあり、方舟に取り残された人々と密接な関係があったことが推測されます。
水が湧き出る場所には魚のモチーフがある
退廃してしまった世界で、少女は大切な卵を抱えながら、ひたすら水のある場所を探して歩き回り森から街にやってくる場面があります。
街の中にも水路が張り巡らされており、噴水や蛇口は魚の銅像が必ずあしらわれていて、その口からは勢いよく水が流れていました。


このように魚がいたるところに象徴的に装飾されていた理由としては、人類がまだ反映されていたころに魚を神聖なものとして扱っていた可能性があります。
方舟には一応、全ての生き物のメスとオスが載せられていたと旧約聖書には記されていますが、天使のたまごの世界で人類が少女しかいなかったところを見ると、繁栄に失敗してしまったのかもしれません。
神様に見放され、生き物たちが衰退していってしまった中、水の中でも生きることができる魚は人類にとって希望や信仰のよりどころだったのかもしれません。
魚のステンドグラスがあるオペラハウス

少女は、雨を避けるように立派なオペラハウスにやってきますが、立派なステンドグラスの形まで魚の形になっていました。
そのオペラハウスの大きさから、以前はここにも多くの人々が訪れて娯楽を楽しんだのではと推測されます。
街中にも魚のアイテムばかりが飾られ、さらに娯楽施設にも魚のステンドグラスがあったということは、ここの住人たちは大層魚を神格化していたに違いありません。
本物の魚はどこにもいない
少女と青年が街を歩いていると、銛を持った軍服を着た漁師が壁に映った魚を狩ろうと、ぞくぞくと走ってきました。
少女は魚なんてどこにもいないと、あからさまに嫌そうにして、青年のマントに隠れて彼らを避けていました。

青年は、魚たちのことを「とっくにいなくなってしまった人の記憶」だと話していますが、まだ人類がいた頃はこのような魚狩りが頻繁に行われていたのかもしれません。
しかし漁師たちに関しては、魚と違って直接物質に干渉することができるようで、銛を突き刺して窓ガラスを割ったりしてしまいます。
魚の幻想に囚われて、価値がある建物を破壊してしまう様子はどこか悲しく滑稽でした。
聖書に登場する魚の話
押尾守監督は、天使のたまごの話を聖書のノアの方舟の話を引用して作ったそうですが、他にも聖書から影響を受けた部分が見受けられます。
魚が出てくる場面に着目すると、他にも引用している物語があるなと感じました。
大きな魚にのまれたヨナ

旧約聖書に登場するヨナという預言者は、ニベネという町に伝道に行くように言われたが、これに背いて別の場所に行こうと船に乗りました。
すると神様が嵐を巻き起こし、船に乗っている人達は誰が原因か知るためにくじをひくと、ヨナが当たりくじをひきました。
船員たちは『さあ、話してくれ。この災難が我々にふりかかったのは、誰のせいか。あなたは何の仕事で行くのか。どこから来たのか。国はどこで、どの民族の出身なのか』(ヨナ書1章8節)とヨナにききます。
ヨナは自分が神様の命令に従わずに逃げていることを話し、嵐を沈めるために自分を海に放り込んで欲しいと船員に頼みます。
船員たちがヨナを海に投げ入れると、嵐は鎮まり大きな魚がやってきてヨナを飲み込んでしまいました。
天使のたまごでも、壁に映る大きな魚がまるで少女を飲み込んでいるような場面がでてきます。
「私たちは一体誰でどこに行くのか」というセリフを青年が口にしますが、船員が口にしたセリフとよく似ています。
魚の腹の中で祈ったヨナは、その信仰心が受け入れられ陸に出され、その後はニベネの町で伝道したそうです。
魚を追いかける漁師たちの目的
天使のたまごの世界では、軍服をきた漁師たちが銛を使って、壁に映る魚たちを捉えようとします。
漁師という職業として思い出されるのは、やはり聖ペトロの存在ではないでしょうか。
イエス・キリストがペトロを十二使徒にスカウトするときの誘い文句は『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』(マタイによる福音書4章19節)でした。
天使のたまごの漁師たちが魚を捕えるのは、聖ペトロのようにイエス様から声をかけられるのをまっているからでしょうか。
または、見果てぬ願望を追い求めているからでしょうか。
さいごに
天使のたまごに登場する、魚たちの存在について考察してきましたがいかがだったでしょうか。
ノアの方舟や、聖書の物語から天使の卵の美しく物悲しい世界観を作り出した押井監督は、やはりすごい才能だなと思います。
天使のたまごは、意味がわからないと言われることが多いですが、聖書の世界観がわかると物語にぐっと入りやすくなるかと思います。
視聴できる機会がありましたら、ぜひ注意深く観察してみてくださいね。
最後まで読んでくれてありがとうございました。




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