映画【オオカミの家】を【コロニアの子供たち】を手掛かりにどういう話か考察してみた

映画【オオカミの家】を【コロニアの子供たち】を手掛かりにどういう話か考察してみた アマプラ映画

2018年チリで制作された【オオカミの家】は、2024年に日本でも公開され、クレイアニメの完成度の高さと不気味な世界観で、SNS上で話題になりました。

ほぼワンカットで撮影されている場面が多い【オオカミの家】は、まるで家の中を散策しているような気分になり、不思議な世界に迷い込んだようでした。

粘土でできた人形だけでなく、壁に描かれた絵も0.1秒ごとに景色が変わっていき、電球の明かりや影、家具、椅子やテーブルなどもまるで生きているかのように動いていて感動しました。

また、映像と呼応するようにその話はなんとも摩訶不思議で抽象的な話になっています。

大まかに説明すると、コロニアと呼ばれる宗教団体に属していたマリアは、その生活に耐えられなくなり逃げ出してしてしまい、そこで二匹の豚と会い一緒に暮らし始めるという話です。

今回、予備知識なしでは【オオカミの家】を理解するのは難しいと感じたため、同じように「コロニア・ディグニダ」を題材にした映画【コロニアの子供たち】を鑑賞しました。

【コロニアの子供たち】では、幼い頃ナチスの教育を受けてきたパウル・シェーファーが、チリに入植しコロニアという組織で、どれだけ酷い拷問や性的虐待をしてきたか詳しく描かれていました。

本記事では、【コロニアの子供たち】など当時の「コロニア・ディグニダ」の状況を調べ、【オオカミの家】でマリアとアナとペドロに何があったのかを独自に考察してみました。

コロニアから逃げてきたマリア

コロニアから逃げてきたマリアは、外にいるオオカミの存在に怯える、金髪で青い目をしたアングロサクソンの女性でした。

オオカミから逃げるために、森の中のある家に入りますが、中には誰もおらず、空腹のあまりリンゴを一口齧りました。

家の中には他に食べられそうなものはありませんでしたが、水回りのものは使えるらしく、バスルームには二匹の豚がいました。

マリアは、二匹の子豚をアナとペドロと名づけ、愛情を込めて育てていくうちに、二匹の豚の姿は人間へと変わっていきました。

家はオオカミの支配下

マリアが家に入ってきてすぐ、窓が壁の中に現れるのですが、その窓枠はまずナチスの鉤十字を描いてその形をあらわしていました。

これは、マリアがコロニアの創始者からどっぷりと支配の教育を受けていて、窓から常に見張られていることがわかります。

また、家中にオオカミの声が響き、家具や調度品がキリスト教のアイテムであったり、どう考えてもこの家が安全な場所であるようには見えませんでした。

実際、コロニアから脱走することはとても難しかったそうで、監視ビデオなどを用いて信者達の行動は筒抜けだったそうです。

また、コロニア創始者のシェーファーはとても狡猾だったそうなので、マリアに一時的に自由を与えて行動を監視していたのではないかと考察しました。

ペドロとアナはチリ人?

ペドロとアナは、最初豚として登場しましたが、マリアと家の中で過ごすうちに次第に人間の形になっていきます。

これは、マリアがドイツ式の教育を受けていない二人が豚に見えていたのではと考察しました。

クリスマスの日に二人はマリアから服をもらい、初めて人間の姿を現しますが、マリアは二人のことを「美しくない」とはっきり言いました。

しかし、アナもペドロも黒髪でしっかりとした目鼻立ちをしていて、醜い姿にはみえませんでした。

マリアはペドロとアナに教育を施しますが、二人は一向に喋らないとマリアは言います。

やはりチリ人の二人には、ドイツ語で喋ることは難しかったのではと思います。

マリアは一生懸命コロニアの創始者がやってきたように、二人を統率しようとしますが失敗してしまい、ロウソクを倒してしまい二人は焼けてしまいました。

甘い蜜とは

ロウソクで燃えてしまったペドロに、マリアが甘い蜜をふりかけると、ペドロは金色の髪が生えてきて青い目になり急にアングロサクソンのような見た目になってしまいました。

オオカミは、マリアの家は甘い蜜に満ちていると言いますが、この甘い蜜はおそらくマリアがコロニアから持ってきたものではないかと思います。

コロニアでは、日常的に薬物投与や性的虐待が行われてきたといいますが、【オオカミの家】の中での甘い蜜はこれらのものから得られる一時的な快楽だったのではと思います。

二人は甘い蜜と教育によって、ドイツ人と同じような見た目になり、言葉も話すようになりいい子になったとマリアは感じます。

しかし、甘い蜜では腹を満たすのには十分ではなく、三人は次第に飢えで苦しんでいきます。

二人はなぜジャムを舐めていたのか

飢えているマリアから隠れて、ペドロとアナはジャムを舐めていました。

このジャムという甘いものは、おそらくコロニアの創始者から与えられたものだったのではと考察しました。

二人はすでにオオカミというコロニアの創始者から、マリアよりも多く甘いものをもらっていて、マリアよりも立場が有利になっていたのではと思われます。

マリアは「食べ物を探さなないと。オオカミは探し方を知っている」と言いますが、その時ペドロにスポットライトがあてられます。

これは、ペドロをオオカミに献上することを、マリアが考えているのではないかと思います。

二人はすでにオオカミの支配下なので、マリアが家から出ることをとめます。

お互いを監視し合う体制が、コロニアと同じようにマリアの家でも起こっていたことがわかります。

さいごに

当時の「コロニア・ディグニダ」について調べることで、映画【オオカミの家】についておおまかに考察してきましたがいかがだったでしょうか。

当時のコロニアにいた人達が、どれだけ人間として扱われてこなかったか、酷い状況下にいたことが映画をみることで伝わってきました。

【オオカミの家】は、直接的にと悲劇について描写しませんが、詩的で情緒的でありながらも、猛烈に感情を揺さぶる作品でした。

アマプラで、シネフィルWOWOWに登録することで鑑賞することができるので、興味があれば是非多くの人に観てもらいたいと思います。

最後まで読んでくれてありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました