2025年9月19日、魚豊さんのデビュー作【にゃくえむ。】が、アニメ化され全国で上映が始まりました。
金曜日の昼頃に、映画館で【ひゃくえむ。】を鑑賞したのですが、館内はほぼ満席で若い男性の団体客が多かったように思います。
もしかして陸上をやっていた人達が見にきているのかなと、なんとなく考えを巡らせながら鑑賞したのですが、この映画は陸上を経験したことがあったら絶対に共感できる映画だと感じました。
同時期に世界陸上も開催されていたので、陸上について関心が高まっていた時期に公開できたのも良かったと思います。
映画を鑑賞するために、あえて漫画は最低限読まずにいたのですが、原作の持ち味がかなり変わっていたので事前情報を入れておかなくて良かったと感じました。
ロトスコープを使い、生身の役者の動きをアニメにした本作は、100m走を題材とした【ひゃくえむ。】と非常に相性がよく、実際に人間が走る姿がリアルに描かれていてよかったです。
また、キャラクターの心情や感情に合わせて、絵のタッチがぐっと変化し、人物の輪郭がゆらめきだすのですがアニメの表現の新たな可能性を感じました。
しかし、原作とは大きく改変された内容になっているので、原作特有の泥臭さや小っ恥ずかしさを求める人には向いていないかもしれません。
本記事では、【ひゃくえむ。】を映画館で鑑賞してきた感想や、良かった点と悪かった点などについてまとめてみました。
【ひゃくえむ】のあらすじ
トガシは物心着いた頃から、自分が人よりも早く走れることに気づき、クラスメイトや先生から一目おかれていました。
走るのが速いだけで「すごい!」と言われ、どのコミュニティにいても、それなりのポジションを獲得できるとわかっていました。
しかし、小学生の時に小宮という転校生がクラスにやってきて、彼が息を切らしながら不恰好に走る姿を見て彼のことが気になるようになりました。
現実の辛いことを忘れるために走る小宮に、「なんかもったいなくない?」「大抵のことは100mを誰よりも速く走れば解決する」とトガシはいいました。
トガシの言葉に感銘を受けた小宮は、トガシから走り方を教わるようになり、運動会で1位を取れるように精一杯頑張ります。
そして、練習の甲斐もあり小宮は徒競走で金メダルを取るのですが、この金メダルがトガシと小宮を100m走という競技に縛り付けるきっかけでもあったのです。
ロトスコープと陸上の相性が良すぎる
本作はトガシが高校生になると、タッチがよりリアルになり、人物の動きがより自然体になるように感じました。
【ひゃくえむ。】では、小宮やトガシ役として生身の役者さんに演技してもらい、その動きや表情を線に起こしてアニメにするロトスコープを採用しているようです。
陸上競技で活躍している本物の選手を起用し、かつらなどをかぶりキャラクターと同じ見た目にしてから撮影に臨んだそうです。
そのため、トガシ達が走っている姿が本当に生身の人間が走っているようで、臨場感と緊張感が感じられました。
特に、トガシが仁神や浅草と一緒にリレーをする場面では、バトンを見ずに全力で走りながら次の選手に繋いで行くのでとてもハラハラさせられました。
立ち振る舞いが自然
ロトスコープを多用した映画【ひゃくえむ。】は、従来のアニメに比べて人の立ち振る舞いがとても自然でした。
走ることだけでなく、トガシ達が練習を終えて歩いている時などは、高校生特有のぶらぶらとした歩き方でとても好感が持てました。
一昔前のアニメだと、学生たちとカメラが平行線に動き、書きにくい足を映さず口だけがセリフに合わせてパクパク動くことがよくありました。
しかし、【ひゃくえむ。】ではカメラの動きも、キャラクターの歩き方も、実際の役者の動きをそのままおこしているので、表現の幅が広がったのだと思います。
また、トガシと海棠が親睦パーティーで話している時、後ろで話している人達の立ち方の重心が傾いていたり一人一人の立ち方に個性があって見ていて面白かったです。
ここでもロトスコープを使っていたのかは分かりませんが、普通のアニメだとこのようなパーティーの場で皆直立不動で立っていることが多いので、アニメーターさん頑張ってるなと感じました。
今までにない表現方法
映画【ひゃくえむ。】では、キャラクターの動きをよりリアルに見せるのですが、感情が昂ると大きく輪郭が波打って感情そのものを表しているのがよかったです。
小宮がトガシを追い抜こうとする時や、トガシが泣き崩れる場面など、輪郭が波打ったりぶるぶると震えるので、見ているこっちの感情も大きく揺らしてくれました。
また、音響にもこだわりがあり靴にマイクを装着したり、トラックに水を撒いたりすることでよりリアルな走っている音を作り出していました。
高校全国大会
高校生になったトガシと小宮は高校全国大会で再会し、雨が降る悪天候の中走るのですが、ワンカット3分40秒の緊迫感溢れるシーンは中盤の1番の見せ場だと思います。
カッパを着てトラックを整備する人達をゆっくり映し、背景も人物も全ての輪郭がなくなって、雨の白い線が選手たちと一体になっているのを見た時は、一体これはなんなんだろうと感じました。
もしかしたら、試合前の選手たちには、グラウンドがこんなふうにぼんやり見えていて、スタートが近づくにつれて自分の中の世界に入っていくのかなといろいろ想像させられました。
背景や輪郭、雨の動きなどを使って、今まで見ることができなかったアニメ表現に驚かされました。
原作とは違う清々しさ
原作漫画の【ひゃくえむ。】は、単行本5巻にもなり、トガシが小宮と出会う小学生から、高校社会人までの自伝的な作品です。
その中で暴力事件があったり、トガシが心の中で思いを巡らせ葛藤したりするのですが、エピソードや心の中の声がアニメでは綺麗さっぱりカットされていました。
そのため、トガシの性格も他のキャラクタ〜の性格も、物事が起こる時系列までかなり改変されていました。
代表作である【チ。-地球の運動について-】では、暴力描写ががとても多く、【ひゃくえむ。】でもやたらと暴力をふるう場面がありました。
しかし、映画の方では暴力描写は全面的にカットされており、仁神やトガシは随分品行方正なキャラクターになっていたように思います。
また、魚豊さんの主人公達は心の中で自問自答をすることが多かったり、心の中の声はカットされて話し言葉のみで構成されていました。
そのため、原作好きの人には違和感を感じずにはいられないかもしれません。
しかし、映画を観た後に漫画を読んでみると、同じキャラクターの別世界をみているようで意外と面白かったです。
映画と漫画は別の作品として、割り切って楽しむと良いかもしれません。
さいごに
【ひゃくえむ。】を映画館で鑑賞した感想についてまとめてきましたがいかがだったでしょうか。
新しいアニメの映像表現を確立した作品なので、映画館で鑑賞することをおすすめいたします。
しかし、漫画の原作が好きな人には、映画のトガシはいい子すぎるように感じるかもしれません。
また、後半に差し掛かると顔アップのシーンばかりなのに、長台詞をつらつら喋っている場面が多くなるので、どうにかならないかなとも感じました。
しかし、最後にトガシと小宮が一緒に走った時は涙がぽろっとこぼれ落ちました。
最後まで読んでくれてありがとうございます。


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