原爆を開発したオッペンハイマーが主人公の、クリストファー・ノーラン監督の映画【オッペンハイマー】はアメリカで大ヒットを飛ばし数多くのアカデミー賞を受賞しました。
しかし、被爆国である日本では、そのセンシティブな内容から公開は延期されてきました。
アメリカでの上映から8ヶ月も遅れて、待ちに待った映画【オッペンハイマー】を鑑賞してきたのですが、これは日本で公開しにくいのも頷けると思いました。
主人公のオッペンハイマーは、不倫相手が自殺した時は、野山で震えながら泣いていましたが、原爆を落としたことに関してはそこまで自分を責めているように感じませんでした。
また、アメリカ人として本当に意外だと感じたのは、トルーマン大統領に『大統領、私の手が血塗られてるように感じます』とこぼしたことです。
一般的に愚痴を吐いたり、弱音を吐いたり本音を口にすることを良しとしないアメリカ人が、しかも大統領に向かってこのような言葉を投げかけるとは思っていませんでした。
オッペンハイマーの心の弱さを中心に描いた本映画は、原発を推進する映画でもなく、反原発映画でもなく、徹底したヒューマンドラマだとわかりました。
映画【オッペンハイマー】について
クリストファー・ノーラン監督が製作した、映画【オッペンハイマー】は、原爆の開発に尽力したオッペンハイマーの半生を描いた作品です。
英雄的な側面と、人間的な弱さを持ったオッペンハイマーの生涯を、過去と現在が入り混じった複雑で高度な演出が評価されアカデミー賞を複数受賞しました。
本作はアカデミー賞作品賞を受賞し、ノーラン監督は自身初のアカデミー賞監督賞を受賞します。
主人公のオッペンハイマーは、ノーラン監督の『ダークナイト』や『インセプション』などにも出演していたキリアン・マーフィーが演じ、アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。
他にも、オッペンハイマーの敵役を演じたロバート・ダウニー・Jr.が助演男優賞、極力CGを使わずに作られた映像は評価され撮影賞を受賞、編集賞、作曲賞も受賞しています。
また、オッペンハイマーの妻キティはエミリー・ブラントが演じ、マッド・デイモンやフローレンス・ピューなど豪華俳優陣が出演しています。
思っていたよりもオッペンハイマーが人間らしかった
アカデミー賞7部門を獲得した映画【オッペンハイマー】を、映画館で鑑賞するのは若干緊張させられましたが、実際に見てみるとオッペンハイマーの人間的弱さがよく描かれていて驚かされました。
例えば、留学先のケンブリッジ大学で実験が上手くいかず、教授が食べるために残していったりんごに毒を注入したりするのをみて「この人天才じゃなかったの?」と目を疑いました。
その後も、パーティーに行けば女を口説き、簡単に一晩の関係を持とうとする軽率さにヒヤヒヤさせられました。
しかも、妻のキティに出会った時は、彼女は既に既婚者で、いわゆる強奪婚であったにも関わらずその後も既婚女性に手を出し続ける姿には呆れてしまいました。
愛人のジーンとも、結婚後もダラダラと関係は続き、やめてくれと言ってるのに花束を持って彼女に会いに行くのは、なんだか人の気持ち考えているのかなとイライラさせられました。
それでいて頭の良さは群を抜いていて、人望は厚く、目的を達成するために有能な教授達を統率していく姿はすごいなと感じました。
オッペンハイマーの心の中の情景
撮影賞でアカデミー賞を受賞した映画【オッペンハイマー】は、彼の内心の情景を映像化するのがとても上手かったです。
例えば、雨が水溜りに落ちて何重もの波紋が広がるのを、ひたすら眺めていたり、頭の中で原始が弾ける演出も不思議と引き寄せられました。
映画館特有の、大音量で原子が頻繁に移動する音を聞いたり、大観衆の足音の響き方も迫力があってよかったです。
オッペンハイマーや教授達が、ガラスの大きな鉢に、少しずつビー玉を入れていく演出は本当にあったものなのかはわかりませんが、ビー玉がぎっしりと詰まったガラス鉢をみて「もう後戻りは許されないんだ」ということが観客にもひしひしと伝わってきました。
オッペンハイマーと原爆
原爆実験のシーンについては、迫力のある音と爆風や、サングラスを構えて呆然とするオッペンハイマー達を映すことで臨場感たっぷりでした。
しかし、広島や長崎で実際に被害を受けたスライドからは、オッペンハイマーは目を背けました。
それは別に悪いことではなく、実際に原爆でドロドロに溶けてしまった人を直視できないのは仕方ないことだと思います。
実際に、オッペンハイマーは戦後日本に訪れており、「原爆が落とされてしまったことを悲しんでいる」と発言しているそうです。
また、原爆が投下されアメリカの勝利が確定し、大観衆から称賛を浴びるオッペンハイマーの頭の中に原爆で焼かれた人達の幻覚が現れます。
そして、オッペンハイマーが表舞台から外に出ると、研究員が被爆したせいなのか嘔吐しており、さらに原爆の恐ろしさを目の当たりにしました。
取り返しのつかないことをしてしまった
オッペンハイマーの魅力の一つは、一見カッコよく見えて、内面はとても弱く傷つきやすいところがだと感じました。
表面上は耳障りの良いことを言うので、妻のキティなどは「今の状況が変わるのならば…」と淡い期待を持って、現在の夫と関係を断ち切りオッペンハイマーと結婚してしまいます。
しかし、オッペンハイマーは家庭を支えることはできず、キティは育児ノイローゼでアルコール依存に陥り、子供は親友の家に預け、親友の手を借りないと自分の家庭を保つことができませんでした。
それでも彼が許されてきたのは、天才で他人ができないことを実現することができたからだと思います。
そのため、自分のことを「破壊神」だと、普通の人では発言できないことをやすやすと公的な場で発言することができるんです。
しかし、女性に支えてもらうことは求めるのに、執着されるのは拒否するので、愛人のジーンは彼の態度に絶望して悲惨な自殺を遂げてしまいます。
オッペンハイマーは、山に籠り震えながら、本妻のキティに愛人が亡くなってしまった悲しみを打ち明けますが、何を寝ぼけたことを言っているんだって感じです。
そうやって罪を重ね、その度に震えて謝りいろいろと許してもらってきたオッペンハイマーは、原爆を作ってしまったことでもう泣き落としが効かない状態に陥ってしまった。
映画の最後の表情は、オッペンハイマーの人生の中で、唯一自分が取り返しのつかないことをしてしまったと気付いた瞬間だったのかと思いました。
さいごに
難解だとたびたび言われる映画【オッペンハイマー】ですが、一人の弱い天才の人生をありのままにフィルムに収めた素直な作品だなと感じました。
実験のことや化学反応については、あまり理解していませんし、難しいことはわかりませんでしたが楽しめた映画でした。
しかし、恋人と映画館に行くと、オッペンハイマーが平気で不貞を働くので、気まずい雰囲気になりそうなのであまりおすすめできません。
鑑賞した後は、オッペンハイマーの人生について考えさせられる映画です。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
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