『聲の形』や『平家物語』などの素晴らしいアニメを輩出してきた山田尚子さんですが、2024年8月30日【きみの色】で再びメガホンをとりました。
生まれつき人の「色」が見えると主人公トツ子から見る世界は、美しい色に溢れており、長崎の街並みや海もとても美しかったです。
また、ところどころで挿入される牛尾憲輔さんの楽曲が素晴らしく、特にバレエ曲であるジゼルのアレンジやUnderworld のBorn slippy(Nuxx)には驚かされました。
ただし、本作はこれから高校卒業を控えた三人のモラトリアム期間のモヤモヤとした心情を閉じ込めたようなストーリーで、物語のピークが確実に映画が終わった後に始まることがわかります。
今回30代の夫婦で映画館に訪れましたが、設定や映像効果、音楽などがしっかりしていればいい映画は作れるんだねと二人で感心してしまいました。
本記事では、映画【きみの色】のあらすじや見どころについてまとめてみました。
きみの色のあらすじ
トツ子は、ミッション系の学校で寮生活を送るごく普通の少女ですが、幼い頃から人の「色」が見えてしまう目を持っていました。
毎日たくさんの人の「色」をみてきたトツ子ですが、中でも同級生のきみの色は一際美しい青色で、別クラスの彼女の色に密か盗み見ることがトツ子の楽しみになっていました。
讃美歌が上手く成績の良かったきみですが、ある日突然学校を退学してしまったそうで、トツ子はこっそりきみがどこにいるのか放課後探しにいきます。
そしてトツ子は、街の外れにあるこじんまりとした「しろねこ堂」という本屋できみがアルバイトをしていることを突き止めました。
本屋でギターの練習をするきみをみて、トツ子は話を合わせるために咄嗟に「昔ピアノを習っていた」ときみに話します。
そこで、偶然本屋に居合わせたルイという青年は「良かったら三人でバンドを組みませんか?」と、二人に声をかけてきました。
三人は離島の古い教会で、誰にも知られずにバンドの練習を始めますが…。
美しい長崎の街並み
映画【きみの色】でもっとも印象的だったのは、山田尚子監督が持つ、繊細な色彩のバランス感覚でした。
長崎の美しい海や、教会のステンドグラスの光の差し込み方など、まるで天国から差し込んでくるかのごとく美しく、観るものを魅了させました。
実際に教会に訪問するとわかるのですが、教会の祭壇は必ず東側を向くように設計されていて、朝のミサには美しく光が差し込んでくるように計算されています。
【きみの色】の制作メンバーも、実際に長崎の教会を訪問し取材して、その印象を大事にしつつ、トツ子の通っている学校の教会を映像におこしていったそうです。
また、三人がバンドの練習場所にしていた教会は、五島列島の旧五輪教会堂で、実際に訪れることもできるそうです。
1999年に重要文化財として認められた建物を、アニメを通してみることができたのは、贅沢な体験でした。
女子2:男子1の絶妙なバランス
映画や漫画などでは、男2:女1のトリオが多いですが、【きみの色】ではあえてその逆の男女比でキャラクター構成することで、恋愛関係に偏ることなく三人の思いがぶれなかったのが良かったと感じました。
ミッション系の学校に通っていたトツ子ときみですが、男性慣れしていない二人を、ルイが優しく見守っていてくれていたのが安心してみていられました。
恋愛要素を入れることなく、トツ子ときみに温かい友情が芽生えていく過程も丁寧に描かれていました。
飾らない自然な声
映画【きみの色】では、声優の起用が少なく、声の演技を専門としていない俳優が声をあてていることに心配がありましたが、映画が始まってみると誰も違和感を感じることがなくて安心しました。
映画を見終わった時、夫は「どの声優さんも上手かったね〜」と褒めていました。
主人公のトツ子は、18歳の鈴川沙由さんが演じていますが、オーディション会場には三つ編みで挑むほど意気込みは満タンだったそうです。
実際にトツ子の声はとても自然で、まったりとした響きをもっていて、イメージにピッタリでよかったです。
きみ役の髙石あかりさんは、『ベイビーわるきゅーれ』などでもお馴染みですが、彼女も21歳と若くみずみずしい声を聞かせてくれたと思います。
山田尚子監督は、木戸大聖さんの声は優しくて気遣いができるところが、ルイにぴったりだと話しています。
メインキャストの三人の、飾らない素朴な声が【きみの色】の世界観によく合っていて良かったと思います。
また、脇役のメンバーもあえて芸能人が声を当てていることが多かったのですが、どのキャラクターも違和感なく物語の一人として楽しそうにしていたのが良かったです。
特に、シスター日吉子役の新垣結衣さんの声は、洗練された清々しさを感じてさすがだなと感じました。
音楽がいい!クセになる!
山田監督とは4度目のタッグとなる牛尾憲輔さんですが、【きみの色】の音楽はどれもとても素晴らしく、映画館から帰る際にサウンドトラックを買って行ったくらい好きになりました。
牛尾さんは、作画の絵コンテを見ながら挿入歌を作曲されるそうなのですが、フィルムを置き去りにしない音楽を作ることを徹底しているそうです。
実際にサウンドトラックを聴いていると、自然にアニメのシーンが思い浮かんでくるので、本当によくできているなぁと驚きました。
水金地火木土天アーメン!
牛尾憲輔さんが「一周回って好き」だという「水金地火木土天アーメン」は、SNSでも「耳に残る!」「頭の中でぐるぐる回っている!」と言われるくらい中毒性の高い曲です。
この曲を聴くと、くるくるまわって踊っているトツ子が目に浮かんできて、ちょっと沈んだ気持ちでいたとしても音楽を聴いているうちにちょっと元気になってしまいます。
惑星として、太陽の周りを翻弄されたり決まりきった動きをするのではなく、本当に心から楽しくて回っていて、トツ子の気持ちそのものがあらわされていてとても楽しい曲です。
テルミンの美しい音
普段は馴染みのないテルミンという楽器ですが、【きみの色】ではルイが得意とする楽器で、その物悲しく美しい音色に心を奪われました。
テルミンの演奏は、グレゴワール・ブランさんが担当しており、牛尾さんは彼と一緒に良い音楽が作れたと話しています。
消え入りそうでありながらも、どこか力強く、そして悲しさや希望を含んでいるテルミンの音色は、三人の関係を応援してくれているかのようでもありました。
underworldのBorn slippy(Nuxx)のアレンジが良かった
underworldのBorn slippy(Nuxx)は、『トレインスポッティング』でも使われている楽曲として有名ですが、歌詞は日本語に訳さない方が良いと言われるほどアウトローな曲です。
しかし、【きみの色】では牛尾憲輔さんによって、とてもかわいくポップにアレンジされていて「こんなにかわいい曲に生まれ変わって!」と驚いていましました。
しかも、この曲が使われている場面は、トツ子がこっそりきみを自分の寮の部屋に泊まらせているところで、今まで規則を破ることがなかった二人が初めてアウトローな行為に走るところでした。
お菓子を食べたり、ネイルポリッシュを塗ってみたり、一見楽しそうに見える二人ですが、実はいけないことをしているんだと挿入歌で静かに警告している演出に痺れました。
ジゼルの踊りの意味
【きみの色】で、トツ子が踊っていたジゼルのバリエーションは、高い技術を必要とする踊りで、10代の女の子達がバレエ留学のコンクールに挑戦するために踊ることもあります。
まだ10代になりたての世界に挑戦する女の子が、ジゼルのバリエーションを踊っているのを見たトツ子は、その美しさに感動しながらも自分にはその実力がないことも痛感してしまったのだと思います。
そして、バレエから遠ざかってしまったトツ子でしたが、その踊りのパ(ステップ)は瞼に焼きついていて、最後におぼつかない足取りでジゼルを踊りながら、自分の色が何色だったのか気づきます。
この先何が起こっても…今はただ踊る
実は、ジゼルの話は悲劇を描いたバレエとして有名で、貴族の青年と恋に落ちた村娘のジゼルは裏切られて自ら命を落としてしまいます。
【きみの色】でトツ子が踊っていた場面は、その後自分が命を落としてしまうことなど夢にも思わないジゼルが、病弱でありながらも皆の前で得意な踊りを披露する場面なのです。
ジゼルを踊るトツ子も、高校を卒業した後はどうなってしまうのか、自分の色がわかってしまったトツ子がこの後どんな人生を送るのかみていて少し不安になりました。
高校生の生活と、大学生の生活は全く違うものですし、寮生活でぬくぬくと過ごしていたトツ子が外部の世界で苦しい思いをするのではないかと心配になりました。
それは他の二人も同じで、ライブが終わってしまった今、三人が守ってきた安全な時間はもう戻ってこないのです。
それでも、この先何が起こってしまっても、自分が美しいと思ったものを信じて踊る、というトツ子の強い気持ちがあのジゼルの踊りに隠されているようにみえました。
さいごに
【きみの色】のあらすじや見どころについてまとめてきましたがいかがだったでしょうか。
山田尚子監督が、初めて作ったオリジナル作品でもある【きみの色】は、こういう美しい時間を描きたい!という意気込みが痛いほど伝わってきました。
夫は、上映時間の半分は熟睡していましたが、とてもよかったと評価してくれました。
音楽と映像は一見の価値がある作品なので、ぜひ劇場でみてみてくださいね!
最後まで読んでくれてありがとうございました。
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